牛と餌と胃袋と(牛は草を消化できない!?)

○粗飼料=牧草、干し草、サイレージ(発酵させた干し草)
○濃厚飼料=トモウロコシ、大麦、小麦などの穀物類や、フスマ、米ヌカなど

ほとんどの酪農家が牛舎で牛を飼っている中、たいへん珍しい放牧で牛を飼っている方の牧場を、こないだ9/7に見学してきました。
放牧牛と舎飼いの牛の一番の違い、それは餌です。放牧牛の餌(ほぼすべて)が粗飼料なのに対し、 舎飼いの多くでは濃厚飼料と粗飼料の両方与えます。 濃厚飼料を与えると乳牛ならば乳量が倍増し、乳質も乳脂肪分が高くなるからです。 またサシが入った肉牛を育てるためにも、濃厚飼料は欠かせません。 牛にとって濃厚飼料は大変なごちそうであるらしく、それこそ目の色を変えて夢中になって食べるんだそうです。 だからといってこればかり食べさせるとエネルギの過剰摂取つまりメタボ状態になり、さまざまな病気の遠因となります。

ここで牛の胃袋の話を少々。哺乳類は(牛も)もともと草を消化できないんだそうです。セルロースの分解酵素を持ってないためなんです。 なのになぜ牛は草を食べるかと言えば、牛の4つの胃のうちの第一胃(ルーメン=成牛では150Lにも達する)に棲む微生物の中にセルロースの 分解酵素を持つものがいて、その微生物が分解してくれたものを吸収して栄養にすることができるからなんだそうで。 さらにそのルーメン微生物群が死ねば、それら菌体を構成していたタンパク質もまたアミノ酸として分解され吸収されてしまいます。 一粒で二度おいしいグリコみたいな(古過ぎ!)牛にとっては願ってもない共生関係なのですが、これは粗飼料が供給されていればこそ。 濃厚飼料が多くなって粗飼料の割合が減るとルーメンは異常発酵し、種々の障害が起きてしまうのだそうです。

「目の色を変え夢中になって食べたくなるものが自身にとっては有害」なぜこのようなことになったのかと考えれば、 ここに至る長い時間をかけた進化の歴史の中で、こんな風に穀物がふんだんに食べられる状況はありえなかったからなのでしょう。 牛の遺伝子にとってまったくの想定外であったわけです。食べるべきものを食べるのが一番よいのであって、牛にとってのそれは草だということ。

牛に濃厚飼料を与える理由は、もし乳脂肪が低ければミルクは引き取りを拒否されたり安くなったりするからで、 それによって起きる牛の病気は必要悪・職業病のように語られます。実際獣医さんのブログなど見れば、 濃厚飼料多投などが原因でおきる牛の第四胃変位整復手術(略して四変=よんぺん)は、ほとんどの診療所で毎日のように行われているとのこと。 つまりは構造的な問題なのであって、酪農家一人二人逆らってもどうなるものでもないのも現実です。 だからこそあの山地酪農の偉大さ貴重さが知れるのです。

夏も冬も完全放牧で乳牛を飼う山地酪農、見学してきました。

2013.9.21放牧され広い牧山で好きなだけ草を食む牛たちまたとんでもない(これは賞賛の意味です)方とお知り合いになっちゃいました。 吉塚公雄さん。岩手県下閉伊郡田野畑村で、15ヘクタールほどの牧山に一年中放牧で乳牛を飼っておられます。 これがまあ、ドラマにでもなりそうな8人家族なのです。まずは「山地酪農」のことからお話します。

山地酪農とは、東北大学で植物生態学を修めた楢原恭爾博士が提唱した酪農法(i)。
その要諦は、「日本の国土は七割が農業に適さぬ山地である。しかしこの山地に生える草を餌にして牛を飼えば、無理なく牛乳が自給できる。」というもの。 この講義を東京農大で聴いた吉塚さんは、生涯をかけるのはこれだと思い、出身地千葉から田野畑に入植。 同村出身の先輩熊谷隆幸さんと共にそれから約40年、牛乳を生産されておられます。

(i)不勉強な私は、ポラン経由で木次から入る同名の牛乳を扱いながら、単なる商品名と勘違いしてました。 同農法で牛乳を生産しているところは、全国に十箇所ほどでしょうか、あるようです。

私が行きましたのは9月7日(土)。この日は年に一回の消費者交流会の日。会場は熊谷さんの牧山。 25ヘクタールほどの牧山に各地から集まった数十名ほどの参加者が食べたり飲んだりしています。 牧山は平らなところもほとんどないごく普通の山。 そこに芝が一面に生え、それが刈り込んだように見えます。 牛は数十頭でしょうか、勝手に群れて芝を食んでいます。 試しに近づいてみても逃げもしません。 穏やかな目つきでバリバリと芝を食む音だけが大きく聞こえます。 牛たちは夕方、搾乳してもらいに『自発的に』牛舎に向かいます。 そして搾乳が終わるとまた山に戻り夜を過ごします。

乳牛がミルクを出すのは当たり前のように思われますが、牛だって妊娠して初めてミルクが出ます。 群れの中に一頭だけ種牛がいて、交尾は牛まかせ(ii)。 牛は受精後10ヶ月で出産しますが、どの牛も自然分娩。自力で仔牛を生みます(iii)。 仔牛は、しばらくの間母牛について歩いて母乳をもらいます(iv)。 牛はみな健康で病気にかかることもなく、従って薬も使う必要もありません。 ただたまにケガをする牛はいるそうで、その時は手当てはするそうですが。 また牛は意外に寒さには強く、冬には雪の中で眠るのだそうです。 寿命も長く、通常6~7年で廃牛となりますが、吉塚さんのは16歳の牛もいるとか。

(ii)舎飼いの牛は交尾はせず人工授精です。
(iii)出産も人が手を加えなければ産めず、
(iv)仔牛は生まれるとすぐ母牛から離され、母乳は飲ませてはもらえません。

交流会のあと、私は吉塚さんのお宅に泊めてもらいました。 吉塚さんには奥さんと7人のお子さんがおられ、うち5人が男子(30~12歳)。 お嫁に行ったご長女と、北海道にチーズ作りの研修に行ってる三男さん以外の全員、 家業に分担があり、私のような部外者がいようが交流会だろうが関係なく、 きちんと仕事するのです。12歳の五男さんも例外なくです。 牛は仔牛も合わせて40頭以上いますが、全頭に名前があります。 家族全員、すべての牛の個体識別ができています(v)。 しかも牛それぞれの性質から癖まで、例えば大人しいとか足癖が悪いとか、 さらにはどの牛の子だからこうだという牛の系統までも把握してるのです!

(v)もちろん名札なんか付いてる訳ないですからね。

搾乳される牛。この牛は蹴飛ばさないよう器具で足を固定。尻尾は固定されてない。隣は固定。夕方の搾乳を見学しました。搾乳だけは牛舎です。10頭で満杯。そこに①乳の張った順に牛を追いかけて入れる。 ②牛が動かないように固定する。③尻尾を固定する。④足癖の悪い牛は足を上げないようにする。⑤干草を与える。 ⑥おっぱいを綺麗に拭く。⑦手でちょっとだけ搾る。⑧バケットミルカーをつけ搾る。⑨バケットミルカーをはずす。 ⑩ミルクを冷却タンクに移す。⑪ミルカーを洗う。⑫牛の拘束をさっきとは逆順で解く。⑬牛を追い出す。 という①~⑬の一連の作業を全部の牛に行います。 これらを家族全員で行うのですが、途中から参加した人も今どの牛に何をしなくちゃならないかを一瞬で見抜き即座に行動します。 全員が全部の牛の状況を見ていて、その中ですべきことをする。 なにかスポーツのチームプレイ(例えば全日本のバレーボールの試合)を見てるような、そんな無駄のない美しい動きなのです。 これが全部の牛に終えるには夕方5時ごろから夜8時過ぎまでかかります。

そして夕食。 自分の仕事が終わった人から順に食べるのですが、全員が全員食べる前に 「お父さん、お母さん、○○さん、●●ちゃん・・・、△△ちゃん、ありがとうございます。いただきます」 と言って食べるのです。これには参りました。お父さん、あなたは偉い。